「大学職員は何でも屋で、専門性がない仕事だ」。そんな声を聞いたことがある人は少なくないだろう。実際、日本の私立大学・学校法人では3〜5年ごとの定期的なジョブローテーションが一般的で、学務課にいた人が翌年には総務課、その次は入試広報課というように、畑違いの部署を渡り歩くキャリアが当たり前のように続いてきた。しかし本当に、大学事務職員にはキャリアの専門性を積む余地がないのだろうか。
結論から言えば、答えは「ない」ではなく、「自分で意識して設計しなければ育たない」が正確だ。本稿では、私学事務の現場で機能するSD(スタッフ・ディベロップメント)の実態を整理しながら、個々の職員が専門性を身につけるための具体的な方法を考えていきたい。
なぜ「専門性がない」と言われるのか
まず前提として、ジョブローテーション文化がなぜ根強く続いているのかを理解しておく必要がある。その背景には大きく三つの理由がある。
① 組織全体を知る「総合職」モデルへの信仰
日本の多くの私立大学では、事務職員に「管理職になったとき、学校全体を俯瞰できる力」を求めてきた。学務・総務・財務・入試・施設といった多様な部署を経験することで、大学という組織の全体像を体感させる。これは管理職育成という視点では一定の合理性があるが、一方で個々の業務の深い専門性が蓄積されにくいという副作用をもたらす。
② 長期雇用前提の人事制度
民間企業と比べて離職率が低い大学・学校法人では、数十年にわたって同一組織に在籍することを前提とした人事設計が行われてきた。「どの部署に行っても困らない人材」を育てる発想が優先され、特定分野のスペシャリストを養成する観点は後回しにされやすい。
③ SDの制度化が遅れた歴史的経緯
2007年に大学設置基準が改正され、大学に対して「教員及び事務職員等の資質の向上を図るための研修の機会を設ける」ことが努力義務として明示された。しかしそれ以前、事務職員のSD(スタッフ・ディベロップメント)はほとんど制度化されておらず、「仕事を通じて自然に覚えるもの」という暗黙の了解で長らく運用されてきた。
SDの現状――「やっている」と「機能している」の差
2007年の法改正以降、多くの大学でSDの取り組みが活発化した。外部研修への派遣、学内勉強会、FD・SDを組み合わせた合同研修会など、形式上は充実した制度を持つ大学も増えている。しかし現場の声を聞くと、「制度はあるが、忙しくて参加できない」「研修内容が実務と乖離している」という不満も根強く残っている。
SDが機能するかどうかは、次の三つの要素が揃っているかどうかにかかっている。
- 業務時間内での参加が保障されているか。研修が「業務の合間に自主的に」という位置づけである限り、忙繁期には参加が難しく、学びの継続性が失われる。
- 学んだことを実践に活かす機会があるか。外部研修で優れた知見を得ても、翌日から全く違う業務をこなすだけでは定着しない。研修内容と実務が接続されていることが不可欠だ。
- 上司・組織が学びを評価するカルチャーがあるか。資格取得や専門知識の習得が人事評価に反映されなければ、職員が自律的に学び続ける動機は生まれにくい。
専門性を育てる4つのアプローチ
では、ジョブローテーションが続く環境の中で、どうすれば自分の専門性を磨いていけるのか。実践的な4つのアプローチを紹介する。
- 「どこに行っても使える専門性」を選ぶ プロジェクトマネジメント、データ分析、法務・コンプライアンス、財務会計、情報システムといったスキルは、部署が変わっても継続して活用できる。特定の業務知識ではなく、どの部署でも価値を発揮できる横断的スキルを最初の柱に据えると、ローテーションの弊害を受けにくい。
- 資格・認定を「通過点」として活用する 学校法人会計検定、プロジェクトマネジメント関連資格(PMP・PMBOK等)、社会保険労務士、情報処理技術者試験など、大学事務と親和性の高い資格は複数ある。資格そのものより、学習プロセスで知識を体系化する経験が専門性の土台になる。また取得資格は転職市場でも明確なシグナルになる。
- 大学間ネットワークで「業界知識」を積む 日本私立大学協会、大学行政管理学会(JUAM)、各種コンソーシアムが主催する研究会・フォーラムに参加することで、自校の枠を超えた「大学業界全体」の課題感や先進事例を把握できる。業界全体を知っている職員は希少価値が高く、学内での政策立案や改革推進でも発言力が増す。
- 「ポートフォリオ発想」でキャリアを記録する どの部署に異動しても、その経験を「何を学び、何を改善したか」という形で記録し続ける習慣をつける。単なる職歴ではなく、各ステージで培った問題解決の実績を言語化しておくことで、バラバラに見える経験が「統合されたキャリア」として意味を持つようになる。社内プレゼンや外部への登壇、研究紀要への投稿も有効な記録手段だ。
「専門性のあるゼネラリスト」という新しい像
ここまで「専門性を育てる」という視点で話を進めてきたが、最後に少し角度を変えてみたい。大学事務職員に本当に必要なのは、「専門性のあるゼネラリスト」という、一見矛盾するような存在像ではないかと筆者は考えている。
純粋なスペシャリストであれば、民間の専門会社やコンサルに委託した方が効率的な場合も多い。一方で、深い専門知識を持たない汎用的なゼネラリストは、複雑化する大学経営の課題を前に対応力を欠いてしまう。
理想的なのは、「ひとつ以上の分野で深掘りした経験を持ちながら、組織全体を見渡す視野を持つ職員」だ。財務に精通していながら、入試・学生支援の現場感覚も持つ職員。情報システムを深く理解しながら、教学改革の議論にも入れる職員。そうした人材が、これからの大学経営において最も求められる像に近い。
ジョブローテーションそのものを否定する必要はない。問題は、ローテーションを「ただ流されるままに経験する」のか、「専門性の複数の軸を意図的に育てるために使う」のかという意識の差だ。同じ異動でも、受け身で対応するか、自分のキャリア設計の一環として捉えるかで、5年後・10年後の蓄積はまったく異なるものになる。
大学事務職員に「専門性がない」のではなく、「制度に任せていては専門性は育たない」のが実情だ。ジョブローテーション文化の中でも、横断的スキルの習得・資格取得・業界ネットワークの活用・ポートフォリオ的な記録の積み重ねによって、確かな専門性を育てることは十分に可能だ。大切なのは、与えられた環境を受け身に生きるのではなく、一つひとつの経験を自分のキャリア設計に意識的に組み込む姿勢だ。「専門性のあるゼネラリスト」として、大学経営の核を担う職員を目指してほしい。